昭和50年月日不明 タイトル不明  テープ№50-080-A面-3
                          入力者松本正宏


 (途中から)あの一つの合楽的信心の基礎といったようなものあ出来て、そこからあの、お育て段々頂いていくというね、あの、おかげにならなければならないが。果たして皆さんがそこんところの基礎が出来ておるかどうかを確かめて、そしたら、段々お話を聞いて頂いたら、ただ今秋永先生が言っておられるような難しい問題も段々、解決していくのじゃないかという風に思うですね。私あの、今日ここに、綾部さんのお嬢さんが国東の方へ、縁についておられます。お母さんについてまだ、縁につかれる前にまだ、何回か数で数えるくらいにしかお参りしておられません。また、あの、色んな問題があって、おかげを頂いてこられたことは事実だけれども、それは、どこまでもお母さんの信心でおかげを受けてきたのであって、もうあちらに行かれて何年になりますかね。約二年半になりますが、この二年半の中にも色んなもう、問題がありましてもう、それこそ、(?)しようかというぐらいなところまでも、やっぱあったのですよ。
 その都度都度あの人のお母さんの信心というですか、で、段々おかげを頂いてきて、今日もあの、今、一人残っておられるお嬢さんと参ってみえてから、でしたから、お嬢さんにもこの縁談の話があっておりますから、節子さん、あの、ここまではね、一つこっち娘でおる間に信心を進めておかなければいかんよ。これが信心の基礎になるのだよというて話したことでした。それはもう、実に実に幼稚な信心です。けれどもね、これがあの、合楽の信心の基礎だというようなものをね、この、手紙の中に感じるのですから。
 ちょいと読んでみますから聞いて下さい。もうあの、信心、信心合楽の信心を抜きにしたら何でもないお話ですけれども、合楽の信心を踏まえて頂きますと、あの、ここが、大事だな、初歩の人というのはここまで分かった時に初めて合楽の初歩と言うことがいえるのじゃないかと言うことを、思うのです。
 「暑い日が続いておりますが、皆、元気で毎日過ごしております。一日から五日まで田中さんとお孫さん三人、母と兄と典子純一がこちらのほうへ遊びに来ておりました。」四、五日あの、あちらの海水浴の方へ、行っておられたのですよね。
 「昨年は田中さんのお孫さんが帰り道に熱を出しましたが、今年はおかげさまで病人もでず、楽しく毎日を過ごさせて頂きました。健康の方もおかげを頂き、青天続きで海岸では皆真っ黒になり、家の中は、五日間風がよく吹き抜け、冷房もかけなくて良いほどの涼しさでした。こんなに続けて五日間も風が家の中を吹き抜けるのは、初めてのことでございました。もっと、驚いたのには、皆が帰った翌日、六日から、久しぶりの雨が降り始め、今日はなんともまだ、降っております。改めて神様を感じさせて頂きました。高芝さんの達が、三日の日に魚を食べに参りました。前日までは、海がしけて地元の(?)がなく、心配しておりましたが、当日は少し風が吹いていたので、ですけれども、割によく魚が取れ、大きな、大きな活き魚の姿作りが出ていたようです。私のほうにも、今まで、見たことの無い程の大きな太刀魚が手に入りましたので、焼いて高芝さん達に食べて頂きました。皆とても喜んで帰られました。神様に心を向けるようになりまして、今まで気がつかなかったことが気付かせて頂き、事あるごとに感じいっておる次第でございます。では今月も宜しく御願いいたします。」
というようなあの、信心、合楽の信心を聞いて知らなかったら、なんでもないお便りですよね。けれども、たったこれだけの中に、信心の合楽の信心の初歩というのはこれです。もう、あの、五日間なら五日間の中に神様を感じておるわけですね。そのへんのところを分かられたでしょうか。例えば今までかつてこういうことは無かったという、冷房が家につけてあるけれども、その冷房もつかんでよいくらいに、風が吹き抜けて、大変涼しい日が、しかも、あの、海水浴に遊びに行っておるこの人たちが楽しくまっておりまして出来たと言うこと。その翌日からおしめりが今日までも続いておりまして、あの、例えばね、神様を身近に感じる出したことが非常に喜び一杯に、この手紙の中に感じるのです。ですからね、ここのところが私は合楽の信心の基礎だと思うのです。
 そこの為にはならどういう信心をさせて頂いたらよいかと、それこそ、二年半あまりの間に様々な問題があった。結局、難儀も持ち込んでおられるのは、お母さんところへ持ってこられる。お母さんがお取次を願われる。そしてその都度都度にまあ、分かったような分からんなりに、(?)頂いておる内に、段々神様を身近に感じられる。先日からは現金封筒で毎月の月のお礼があるのです。今までかつてこういうことがなかった。それはね、神様を身近に感じらせて頂いてありがたいなあと夫婦で話し合えるようになったのです。それがおかげになって、参っておる。これからもどういう風な信心が開けてくるか楽しみですけれども、それを、あの進めていかなければならないという事でございます。先ほど、桜井先生から御届けがありましたけれども、昨日福岡の共励会の後に神様に御祈念をさせて頂きよりましたら夕べこういうお知らせを頂きましたと。一本のあの、櫛を頂いた。ね。この一本の櫛がね、一本一本の櫛の歯が全部人形になっていくところ頂いた。
 それをね、御心眼に頂いてどういうような事だろうかと言うて、あの、話してございましたが、だから櫛ということは勿論、髪を引き流しですね。(?)また、櫛ということは、九死に一生の九死というと言う事にも通じます。いうなら人形という事は、甘木の初代が仰ったように、私は、神様の前の操り人形だとこういうわけなんです。ね。神様が足をあげよと仰る。はいと足をあげる、手をあげよちいやはいというて手をあげる。右向け左向け、もう神様任せだとこういう生き方をここでは人形のお知らせを頂くと、神様任せになる事だねということになります。ですから、どういうことかというとね、そこんところを通らせて頂く事によって、二年半例えばここに公子さんといいますが、通るところをいろいろ通らせて頂いて、まあ、この程度のところの、ね、信心ちゃ非常にこのへんのところが楽しいですよね。(?)。身近に神様を感じておるし、その働きをそこに見聞きしながらの日々ですからね。神恩報謝の心が自ずと湧いてくるわけです。ね。これがいうならば、基礎である。なら、それから、今日どなたでしかね、善導寺の原さんが大きな御神米入れを持ってみえられて、何か書いてくれと言われるから、あの、書きました。それで神様に、修行と言うことを頂きましたから、これは一生が修行だと言うことを一生が修行と書きました。これで、あらたに直感致しました事は、これはもう、いつまでんこげな事がいつ続くじゃろうかと、思うたけれども、いやいやそうじゃない。せっかくの修行なら、せっかくの苦労なら段々段々ね、一つおかげを頂いてまあ、あちらは九死に一生。息子さんの病気、しかも、嫁さんがしたというようなところからおかげを頂かれたのですから、そこを通ってこられた。その間においても、その、合楽の今二十五年経っておるなら、二十五年という信心を、家族中でしかも、日参り的な信心で続けておるわけですけれども、その、修行と言うことが例えば、風邪なら、風邪があんなに修行しよったけれども、風邪では修行せんですむようになった。人間関係で本当に悩んでおったけれども、人間関係での苦労はもうなくなった。ね。または、もちろん、病気等は薬箱一ついらんというおかげを頂いて、その上での修行はこれは尊い修行ということになる。どうぞ、神様尊い修行を一生させて頂かせて頂くという御届けがまた、その後にございました。ですから、あの、通るところを通る事は素晴らしいことです。しかもそれは皆神様のいうならば、御神愛の現れであって、過去においてああいう事があったとか無かったとかということが全部あれもおかげであった、これもおかげであったという事になってこなければならないわけです。
 文男先生のあの、話、(途中切れ)あのやはり、その、桃太郎さんと言う事を頂いたというが、桃と言う字は、木を億兆の兆と書いてある。だから木を大きくする事だと悟ったと言う事ですね。勿論桃太郎、太は太いと言う事です。もう一切をいわば太る為の大きくなる事の為の、もう千や万じゃない。億兆と言われるくらいの大きな限りの無い、無尽蔵というか無限のその、大きくなっていく信心を目指していく事だろうという風に言ってましたと同時、私桃太郎のお知らせを頂いたら、必ず私の事を頂く。あの、当時まだ、まだ、あの、(?)なりに秋永先生がついて回っておる時に、秋永先生がおサルさん。久保山先生がキジ、それから、今の久富建設の正樹さんが、犬というお知らせを頂いておりました。私がいつも日本一の旗を立てて、それに、ついてきておる。まあ、当時は吉備団子、事ではあったのでしょうけれども、ついて来たことだけは間違いがない。そこで、段々もう吉備団子は無くても、それこそ、親先生がいかれるところが、よし地獄道に繋がっておってもというような信心が開けだしてもう二十数年になるでしょう。それで、まあいわゆる昔の神乍ら主義にもやっぱよう耐えてついてきたわけ。ね。ですから、結局私は一番皆さんが信心の焦点と言いますか、目当てというものは、結局親先生におかなければいけないということです。ね。ですからなら、桃太郎さんである親先生が受けておられるおかげ信心。または修行というような内容をです、いよいよ、銘々の信心のところでおかげを頂いていかなければならん。先ほど、信次郎さんのことから今秋永先生が、お客さんがあった、本当いうたら、もう、三十分間も早くいかなければならんのだけれども、お客さんの為にいけなくなった。けれども、それは、それをしておるうちに、だったがこういう生き方はどうだろうかという時に、ある人は、そりゃあんた、それを押しやってこなければと。または、秋永先生はいや、信ちゃんそりゃそれのほうがほんなこつばいと、私はそれを最近ほんなこつと思うと、こう言うことが、言われておりましたが、それはやっぱどちらも本当です。秋永先生が今言うておる事は、この問題ぐらいな事じゃない、これで答えが出るわけじゃないですけれども、まあ今までの合楽の信心で言うとです、いうなら、教祖様のそれを信心で借りる時です、あの、信次郎さんは、世間一般の者がそれこそ信心きちがいの事なって、皆が草鞋一つ、草履一つ作る暇がないだろうかというて笑うているという。奥さんがそれを非常に気軽にされた。それで、そんならば、私が不精で作らんのじゃない。今のこの裸足の行は神様の御神命によって、草鞋の行をさせて頂いておるのだから、不精で草鞋を作らんのじゃない。草鞋は作っておるその証拠に、後から私が行くとにお前がついて持って来てくれ。また、牛が入る時には、牛の倉にかけていく。 
 鍬を担いでいく時には、鍬の先にその草鞋をつけていけと言われた。そこからね、奥さんの顔も立ちゃ、笑うておった人たちもある意味で合点がいったという生き方がね、いうならば昨日信次郎さんがとられた生き方だと思う。だから本当です、素晴らしいです。ね。そすと今度は、なら、それは信ちゃん、そこんところを今日はと例えば八時なら八時に、若先生をお供していかなならんからという時にです、そこんところを蹴ってくるような生き方をまた本当だと言う事。ね。例えば、今日は玉島まで、お弁当を持っていけ。お金を拾わすと仰った。けれども実際はお金も何も拾う事は出来なかった。それで、神様にそれをお届けされると、今日はいかほど拾うたかとこう言われる。拾(?)言ってから落ちとらじゃったですよち、言いたいところです。ところがもうそれこそ、あの、数で読めない程のひらいものをさせてもろうたと言われる。拾うたものが、数が読めないことはなかろうと仰る。それでも、今日は神様、日頃はこうやって、毎日ご神前奉仕させて頂いておりますから、自ずと血の巡りも悪うなってまいります。おかげで、今日は命という広大なおかげを拾わせて頂きましたと、お礼を言われた時に神様が、もうお前には試しようがないと仰る。そういうて神様はまた試しておられる。そして、また、次にはなら、今度は、親戚のだれそれが死んだからお悔やみに行けと。そして、親戚の者を連れ添うて、連れのうていかれると、どっこい当の本人が出てこられたという。
 ね。もうそれこそ、信心ちゃこげな理不尽な、道理に合わない事があるもんだろうかと思う日もあるのだけれども、そこを神様、帰りかけられると神様が戻しの風は十層倍と言うて帰れと仰る。戻しの風は十層倍、戻しの風は十層倍。訳が分からんなりに唱えて帰られた。私はこの辺にねお道の信心があるように思う。そこには、理屈じゃないです。そこで、私は思うことは信次郎さんの昨日の生き方が本当であるが、その前後にね、そうしなければおられないものが必ず生まれてくる。人間がいつもあり難い、そう時ばっかりおる事は出来ません。今日私秋永先生と話した時にです、もう、自分がこういう生き方を人に話すといったようなことが出来ない。話すまた資格もないといったような思いがする時でもあるし、もう一言どうか言わなきゃおられないというときもあるように、人間は決して同じばかりじゃないと言う事です。
 文男先生が言っておりますのに、とうこう、東天紅ですね。東天紅という事を朝陽の日の出の様子であろうと、私もやっぱそう思うですね。ですからそういうときにはです、もう何を置いてももう押し通して押しまくって行っていいときです。けれども、その日が沈んで、西の方にね、沈みかかった明るさの時にはね、それはもう、やはり暗い、夜が来る前提なのですから、心の準備をさせてもろうて、光の方をね、まず、心の中に頂きとめる準備をね、一つしなければならない時だと。だからねそういう匂う時があると。だから、東天紅の時はとにかく踏みにじって行っても大丈夫。ですから、ここらへんのところはどれが本当とはいえないのです。だから、問題はね、鐘が鳴るのか撞木が鳴るのか、鐘と撞木の間が鳴るであってね、鐘でもなからなければ撞木でもないのです。もうその、合い間にそのなんとも言えぬ音色が出てくるのですから、この辺のところの例えば兼ね合いをです、例えばあの、(?)少しバランスが崩れておるという感じがしますね。日頃の秋永先生の信心ならば、それをちょっとこう頂きとめる。けれども、例えば私昨日一昨日、富永先生が参ってきた晩、いや、(?)四時の御祈念でしたから、恐らく富永先生に下さっただろうと思うのです。それがあの、メンタマをえぐりとるお知らせを頂いた。そりゃもう、ちょっとこう、あの、見ただけでもぞっとするような感じでしたね。メンタマぬいとるのですから。どんな事じゃろうと思うて頂いたら、あの、迷いはね、迷いは、迷いは心眼を開く前提だと頂いた。ですからあの、心眼と言うてでもですね、その、やっぱピンからキリまであるのです。それこそあの、千から万から兆億というところまで、大きく太く広くなっていくことの為に大きな心を開いていく為には大きな悟りを開いていかなければならないです。また、そういう(?)がなされなければならない。ですから、もう、実にあの、信心するものは、肉眼をおいて心眼を開けよと仰るが、心眼を開くと言うもう、ことはこくなまでな事だと。ね。昨日、佐田さんのお導きの、(?)さんというかたから、昨日朝の下がろうとしよるところに電話が掛かってきた。今朝もちょっと掛かってきました。もう、結果のしいどころではない。もう、私の耳に飛び込んでくる事が「親先生助けて下さい」と言う事でしたよ。親先生ち、もう思わずにね、あげんもなるとです。それがその、(?)息子さんがね暴れ回って今その水屋を叩いて崩しよるち言うわけです。
 御願いしますよちそれで、向こうも電話を切られまして、十分後に電話が掛かってきました。こうやって水屋を崩しよるうちに(?)元気が無くなってですね、寝入ってしもうたち。ね。だからね、神様の働きをそこにね、見るわけですけれども、だからそういうおかげを頂いたからやれやれじゃないと。今朝からまた電話が掛かってきたのは、どういうことか、そういう事はなくなったけれども、今度は御飯を食べること食べること、もう、ゲイゲイ言うてからはきながら食べるち。本当にもうそれはね、どうこん、親として見て、みちゃおられんとこういうわけ。ね。だから今度はね、その矢も楯もたまらんち言うごと、それを(?)わけですから、(?)。(途中切れ)

 または清めるということにあのギリギリのところこれに出てこなければ。今日私、(?)と話す時にまあ私の白真剣なところの話を聞いて頂いたのですけれども、私はこの頃ね非常に孤独寒に襲われる事があるのです。皆さんが聞いたら不思議な事あるでしょう。ところがね、あの、昔だったら月次祭なら月次祭なんかには、(?)五人も六人も来て、そして、夜遅うまで、あの、お茶飲んだり話したりしてね、あの、そういう事でもないけれども、この頃誰も寄り付かなくなった。例えば、あの、子供達なんかでも、(?)月に一回くらい必ず、あの、家族中もの寄って信心共励が出来た。もうこちらに来てから七年間、此の方、家族で信心を話すチャンスが無い。だから、今日集まれと言うて集まったら恐らく出来んこともないかもしれません。そういう思いたちをですね、(?)してくれると気があるけれども、何かの時に崩れるんです。だから私と子供達の中にね、一つの断絶のようなものがあるのです。これは、普通で言う断絶じゃないです。私の心の中には、繋がっておるし、また、言うて聞かせても話して聞かせても、やはりお育てを頂いておるという確信を持ってありがたいなあと言うね、状態の時とです、それが、最近時々その非常にどうにも出来ないほどの孤独感襲われる時がある。(?)私はあの何かしらそういうような感じがしてから、あれがもし信心がなかなら、(   ?  )ちょっと出てこんねでん言うかもしれないですけれどもね、おかげを頂いてこの孤独感というものがあり難いという答えの出るまで御神前にでて御祈念をさせてもらうんですけれども、そういう時に結局分からせて頂くのは、ここです。もう、頼む以外にないです。信心が無い子供じゃないです。ね。結局私自身のところに戻ってくる時にです、もう孤独感どころではない、それこそまた、味わう事の出来ないあり難いものを頂きながら寝につかせて頂く事が出来る。あのなん、それこそねこれが本当、これが嘘と言う事はないけれどもね、今日一番先にこの、(?)手紙を読ませて頂いてです、何とはなしに、信心ちゃあり難いなあと、しかも神様を身近にここに、感じながら、とくに神様の働きが間違いないのうち言うて、こう夫婦で家族で話し合えるようなね、それがね、信心の合楽の信心の初歩です。
 ならこれは公子さんの信心をいえば分かるでしょうが。その数えるだけしか参って来ていない。ただ、親の信心を通ってからだけの事。ね。それが最近は、自分から自発的にです、お礼のお届けができるようになり、お届けある時には必ず手紙が添うておりますけれども、難しい問題の御届けの時もあるけれども、おかげを受けてあり難いというそういう手紙の時もあります。
 だからここ、ここを一つ踏まえて合楽の信心を段々、続けていかなければならん。深めていかなければならん。深めていく間にはやはり、ただ、深まっていくはずはありません。何かにぶつかった時に深まるのであり、何かにいわば、出会ったときにいわば信心が、広がっていくのであり、そういうときに皆さんがまず、桃太郎さんをみて下さらなきゃいけない。ね。そして、せっかく結局あの、ここでは何というても桃太郎さんの信心も神習わせて頂く以外にないのではないかと思うのですよね。それでいて、まあ、それぞれの信心、生活というのですかね、もう本当に問題は(?)魂、自分の心、自分もありがたいが、人に訴えるものはないですね。例えば武藤さんあたりが一番初めに感じた事。もう、あの、砥板に出ておる御本部参拝の事を言われておる。もうそれだけはどっか(?)決まるもんね。それほどしに思われておるのか。それほどに教会のことを思うておらるのか。それほどに、次元活動のことを心にしておられるのか。感じるんですよ。ね。だからそれがね、あの、おぼろげになっておる時には、まず、自分の信心が、やはり、おぼろげになっておる時ですから、とにかく、朝陽の出るときもありゃ夕日が沈んでいく時もありますけれども、そこんところの兼ね合いをですね、結局は、やはり、あり難いという答えを出しながら、信心を進めていかなければならない。